湯布院を体験して、
感じることを言わせてもらいます。
いいのでしょうか?このままで、


由布院観光のリーダーの方たちへ
このサイトを立ち上げるため、2004年夏ごろから本格的に由布院の町をあちこち歩き回り感じる事をこのサイトに表してきました。新しい由布院の発見がいっぱいあって楽しい日々を過ごさせていただきました。そして会う人たちの話は由布院をもっともっと良くしていき、訪れるお客様に喜んで頂こうという意欲がすごく感じられました。でも、2006年の夏の今、何故かそれが感じられなくなりました。すごくおとなしく感じられてしまうのです。何故なのでしょうか?これは私だけが感じることなのでしょうか?たしかにたくさんのお祭やイベントをこなしているようですが、それらのことに以前のような由布院らしい元気な感性が欠けているように思えてならないのです。イベントを長年やってきたというだけで目をつぶっていてもその段取りは分かっていて楽にこなしてしまっているという感じがするのです。何だか惰性でやっているようで斬新さは伝わってきません。どうも元気のない由布院を感じてしまうのです!年々、由布院へ訪れる観光客は少なくなっているのではないですか?まだ年間400万人のお客がこの由布院へ訪れているのでしょうか?もっともっと工夫して元気な由布院を感じさせて欲しいものです。「落ちるところまで落ちたらいい」とでもリーダーの方たちは考えているのでしょうか?まさかそんなことは考えていないでしょうが、おとなしくなってしまった由布院には魅力はありませんよ!落ちるところまで落ちてしまってからでは取り返しがつかなくなるという事を、リーダーの方たちは重々分かっているとは思いますが…。


田んぼの中の駐車場
由布院にこの2年間、数え切れないほど訪れました。田んぼのある田舎の由布院が大好きで、由布院駅裏の狭い道に車を走らせながら、適当な場所に車を停めて季節ごとの美しい風景を楽しんでいます。ただ、最初のころ、この風景を眺めるために車を停めておく場所がなかなか見つからなくて苦労しました。たびたび訪れている私みたいに由布院の道路事情がわかっている人間には、ここにちょっとだけ車を停めても誰にも怒られないから大丈夫とわかるし、ここから田んぼの畦道や小道を歩けばいろんな風景が楽しめるとか、この辺りに行けば可愛い草花が見られるってことなどがわかるんだけど、初めて訪れた方たちや由布院の道路事情のわからない方たちにとっては、いったい何処に車を停めたらいいのか皆目わからないのではないでしょうか? 田舎の風景が楽しめる道端に、1,2台だけ停められるスペースの無料駐車場をたくさん作ったらどうですかね? そんな駐車場があちこちにあれば、車で来た方たちに由布院本来の田舎の田園風景をじっくり楽しんでもらえるんじゃないかなあ。そんな心配りをしてもらえば、もっと由布院が好きになりますね。


アンケートを見ると
「湯布院に行きたくない理由」のアンケートには、もう、ボロクソなコメントが書かれてるね。料金が高いという理由が圧倒的に多いのは、その料金に見合う価値がなく高く感じるってことだよね。高い料金を取れる価値の実力もないのに、高い料金を取っているということかなあ。高い高いと言われて久しいんだけど、いまだに高い料金をとるということは、湯布院では高い料金をとらないと事業をやっていけないってことかなあ?高い料金でもお客が来てくれるから湯布院はいいよね。この料金が高いというイメージは早く払拭しないとね。閑古鳥が鳴かないうちにね。私が体験する湯布院はそれ相応の料金だと思いますけど、アンケートに答えてくれた方は高いと感じるんでしょうね。今の時代、湯布院で商売すれば高い料金でもお客が買ってくれるという過去の遺産はもう通用しないよね。でも、よく考えてみると「湯布院に行きたくない理由」にいろんな投票やコメントがされるということは、本当は湯布院が好きだから投票してくれてるんだよね。裏を返せばここんところを直してくれたら湯布院に行きたいんだ!ってことでしょう?だから、このありがたいアンケートの回答をよく検討してもらって、できることから改善してもらいたいもんだよね。


湯布院に望むこと
川沿いを歩いていてちょっとひと休みするベンチが欲しい。暑い日は木陰が欲しい。アイスキャンディ売りが来るともっといい。湯の坪だけじゃなく自然の風景が楽しめるところに便利な駐車場が欲しい。ゴミ箱があったらいいな。トイレも。夏は子供が川遊びするところがあるとうれしい。どこに行けばどんな草花が見られるか教えてくれたり、ここに行けばこんな自然の風景を楽しめるとか、手軽に入れる温泉施設を教えてくれる地図があるといい。由布岳と田園風景が楽しめる由布院駅の裏側方面に行ける、田んぼの道を走る安くて便利な乗り物があるといい。名所、旧跡や湯布院の特長などを説明してくれる案内人がいると湯布院がもっと楽しくなる。イベントにしても、映画祭は前夜だけ駅前で無料の映画をやるだけでなく、開催中も昔懐かしい団扇であおぎながら観れる映画を公園や広場や学校の運動場に幕をはって上映して欲しい。音楽祭もクラシックだけじゃなく他のジャンルも取り入れて、もっと気軽に音楽を楽しめたらいい。元祖ばかりを強調しないで、もうひと工夫した絶叫大会をして欲しい。…挙げたらキリがないほど湯布院に望むことが出てくる。


次の由布院観光を担う若い皆さんへ…
将来の由布院の観光をどう考えてますか?由布院で開催される、いろんなイベントを見に行くと、皆さんが一生懸命やられている姿をいつも目にします。寒い中、川掃除をされて大変ご苦労様と言いたいです。若い皆さんが仲良くいろんな行事を遂行されていますね。真面目で勤勉な方たちばかりと感心しています。でも、30年間も続いている由布院のイベントは今のままでいいのでしょうか?ずっと続いている過去のやり方にとらわれず、新しいやり方を皆さんの新しい発想でやられたらどうですか?30年前、皆さんのお父さんたちが由布院を売り出すときの破天荒で斬新な企画を、もう一度よく振り返ってみてはどうでしょうか?いろんな問題があった由布院を、皆さんのお父さんたちが若いパワーで吹っ飛ばしたではありませんか。そのパワーが今の由布院を作ってきたのでしょう?今こそ現代の若い皆さんが由布院を斬新なパワーで引っ張っていく時ではないでしょうか。例えば、ゆふいん映画祭などでは他に丸投げもいいのですが、映画祭の一部のプログラムでは自分たちの発想で由布院らしいやり方をやってみるのも手ですよ。音楽祭にしてもそうです。「風のハルカ」が教えてくれているじゃないかなあ?若い方がいつまでも過去のやり方に縛られた年配者指向みたいなことしていないで、ここらで少しアウトローな動きしてみたらどうですか?湯布院の方みんなが皆さんの動きを期待してますよ。


「風のハルカ」で感じるゆふいんイメージ
ドラマを見ていて感じることは、ドラマを作っている人たちはゆふいんを素敵な田舎に見立てていることじゃないかなという気がします。ハルカのおばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこなど、田舎の人たちの素朴で素直でちょっとぼけた表現。温かくてほのぼのとした田舎の人情みたいなものを感じさせてくれますよね。そんなイメージってとっても素敵です。こんな素朴な湯布院が理想の町だと思います。ドラマの「風のハルカ」はそんな湯布院の理想を現してくれています。
でも、どうして? アンケートや掲示板に批判的な記事が多いのは…。湯布院に訪れたお客さんへの対応に、積もり積もった不満の声が挙がっていますよ。「思い上がり」、「驕り」という文字が目に付きます。
観光業に携わる方々の奥底にある気持ちや考え方を、根底から謙虚に見直さなければならないんじゃないのかなあ。


湯布院の本当の魅力をきちんと知らせればお客はかえってくるのにね
自分の人気がどのくらいあるのかって自分ではなかなかわかりませんよね。湯布院は、いつの間にか人気者になっていて、何がなんだかわからないまま人が押し寄せて来た。人がいっぱい来るからその人気を利用して儲けてしまえ!っていう驕りの人気者気分になっていたのでは?。バブルがはじけて、その人気にも翳りが見え始めても、本当の人気の意味がわからないまま来たから気付かない。その余韻はしばらく残っているから人気下落は感じなく、相変わらずバブル時代と同じ対応をしていくんですよね。でもお客にとってはいろんな人気地は全国にたくさんあるから、今の時代に合わない儲けが先行する湯布院なんてどうでもよくなるのではないでしょうか。基本的に湯布院の町には「自然」と「温泉」という大きな魅力があるんだから、湯布院人気はまだまだ健在じゃないのかなあ。その魅力を情報発信して、湯布院に訪れたらこんな過ごし方をしましょうよって提案して、訪れたお客に湯布院本来の魅力を感じてもらえるようにすれば、また行きたいなーって思ってもらえるんじゃないかなあ?湯布院を代表するホームページを見ても、そういう提案をしているようには思えないなあ。訴えたい内容をもっともっと研究して湯布院の魅力を情報発信してもらいたいな。


「”作務衣、離れで懐石、こじゃれたバーにイタリア家具。もう飽きました”」
『湯布院に行きたくない理由』のアンケートページにこんなコメントが入っていました。このコメントを読んだとき、思わず拍手でした。湯布院の旅館のイメージを的確にとらえてますよね。作務衣、離れで懐石…、湯布院の旅館イメージの定番ですね。演出は必要だと思います。必要だとは思いますがどうして湯布院の旅館の多くは横並びで作務衣でなきゃだめなの?離れで懐石?どうして湯布院は料理が懐石なんだろう?お客さんが望んでいるから?高い料金がとれるから?でもコストは高いんでしょう?材料代とかそれを作る人の人件費とか。湯布院らしい料理って何だろうな。それから「こじゃれた」ってことば、ちょっとお洒落なって意味でしょうけど、こういうことはもう一昔?前に好感もたれた現象でしたよね。バブル華やかな頃、いくら料金吊り上げてもお客は来るわ来るわ、お金に糸目はつけませんみたいな時代のなごりをまだやってるの?それじゃあ飽かれるわ。旅館それぞれに合ったさりげなく無理のない演出こそが、今の湯布院に求められてるんじゃないの。おもてなし、お客さんが感動することってもっと他にあるような気がするんです。もっと自然体で工夫してよ。


リーダーの方々はもっとお客様に向いた発想の転換をして欲しい
たしかに、過去、湯布院は他の観光地とは違ったいろんなことで話題性を生み、大きくマスコミに取り上げられれてきました。過去の湯布院観光のリーダーたちの並々ならぬ努力の恩恵をいまだに被っていると言っても過言ではないでしょう。でも、最近は全国版で報道されることは少なくなってきたでしょう? イベントなどで、時々、地元のテレビや新聞には湯布院のことをとりあげて報道されていますが、全国版にはあまり報道されなくなっているのでは? 湯布院の観光業界の方々は、まだ以前のブームに乗った湯布院の幻想に頼っりきっていて、努力が足りないような気がするのです。きれいごとばかり言っていないで、お客様の本当のニーズは何なのか真剣に考えてはどうですか?湯布院にあるのは田舎の豊かな自然と良質な温泉です。それしかないのです。それが他の観光地にはない素晴らしいことなのです。今年10月から始まる、NHK朝の連ドラ「風のハルカ」が始まれば、全国の人々がまた湯布院に目を向けてくれるかもしれませんね。それを期待している観光業界の方々は多いのでしょうね。でも、そんなことは一過性の他力本願ではないでしょうか。この機会に本来の湯布院の魅力を訪れたお客様に充分味わってもらえるように、小手先の自分たちにだけ向いた発想ではなく、お客様に向いて真剣に考えた発想の転換をしてもらいたいものですね。
湯布院の本当の良さをお客様に知ってもらうのは、たった1泊だけの湯布院体験では無理ですよ。2泊、3泊して、じっくり湯布院を味わってもらうことがお客さんにとっても湯布院にとってもいいことではないのでしょうか?
そのためにはどうすればいいのか、じっくり、考えていただきたいものですね。


湯布院は全国区?
もう10年以上前になると思いますが、湯布院のある旅館の支配人が自信を持って言った言葉をいまだに覚えています。「湯布院はいまや全国区。東京と同じ物価や。だから都会と同じ料金でもお客はなんぼでも来る。だから地元の大分のお客なんか要らんのや」という、うらやましいお言葉。未来永劫この調子で湯布院は大人気の観光地なんだという思い。その後の湯布院人気は全国の観光地のなかでどうなっていますか?
「湯布院に来たくない理由」での「年々料金が上がっている」というコメント。エッ違うんじゃないのって思うんだけど、そういうイメージが一般的に植えつけられているんだよね。
高いって思うのはその料金に対して価値がないってことでしょ。反対に安いって思うのはその料金以上に価値があったってことだよね。よく聞く話だけど、宿泊は別府にして、帰りに湯布院を見に来た。これは湯布院より別府の方が宿泊する価値があるってことでしょ。
10年以上前の支配人の湯布院を象徴するお言葉が、いまだに湯布院にこだましているんじゃないの?


アンケート、「湯布院に行きたくない理由」ばかり投稿があるってなぜ?
当初は「行きたい理由」の方が圧倒的に多かったけど、最近は「行きたくない理由」が「行きたい理由」を追い越してしまった。この現実をどう考えるかな?アンケートの答えは圧倒的に「料金が高い」が多いってこと、しかし、最近の湯布院の旅館も少しずつだけど良心的な料金を出しているよね。何もせず放っておいてもお客さんが来てくれていたから、長いこと昔のままの料金体制をとっていたツケが回ってきたというところかな?それが定着して、まだまだ高いっていうイメージがあるんだろうな。
でも、それだけじゃないよね、「行きたくない理由」のコメントを読むと、湯布院の驕りを指摘した意見もあるなあ。驕る観光地のイメージ…、これってけっこう怖いよね。


居心地のよさ
30年以上前の湯布院を知っている人に当時のことを聞いてみた。湯布院は今のような観光地ではなかったような気がする。真からの田舎で発展しないよさがあった。最近の湯布院は忙しくて田舎ではなくなったのか、ゆっくりできる場所がわからない。居心地の悪さを感じてしまう。発展していくのはしょうがないと思う。湯布院の売り出し方が上手だったから、発展の仕方が少しいびつになっていったのかな。


優しさが少し足りない
町を歩いてみてふと感じることは町に樹木が少ないことだ。特に今年の夏は猛暑で木陰で休憩したいのに涼しい木陰がない。駅前の道路沿いに小さな木が植わっているけれど木陰にはならない。鬱蒼とした緑があったら駅前通が素敵になるのに。町を散策しても暑い暑い。川沿いを歩いてみたが木陰もないし、疲れてひと休みするベンチもない。そしてトイレが見つからない。お店に入って使わなくてもいいお金を使えってこと?


辻馬車乗ってみたい
辻馬車に乗ってみて、これぞ湯布院すごくいいなと思った。でもコースの途中で乗り降りできないんだ。由布院駅から出発して由布院駅まで戻ってくる。仏山寺や宇奈岐姫神社で休憩しているなら、そこで乗り降りできたらいいと思う。辻馬車にはぜひ乗ってみたいと思うけど、駅から離れた宿に泊って、また由布院駅まで行ってまで乗りたくはないって思うお客さん多いんでは?そして乗車料金が4歳以上は1,200円というのは高いと思う。親子4人家族で乗ったら4,800円だった。湯布院の町って遊園地?


ごみを捨てるな!って言っても無理でしょう。
散策中に「守ろう湯布院の自然」と書いてあるたて看板をよく見かけました。でも川に空き缶やごみがたくさん捨ててありました。「ごみは持ち帰りましょう」と言っても無理ではないのでしょうか?それよりもゴミ箱をあちこちに用意しておいたほうが川の中にごみを投げ捨てなくなるのでは?美しい景観を見て満足していい気分になっているのに、川のごみを見かけるとその気分をそがれてしまいます。ごみ対策は何とかしていただきたいと思いました。


湯布院に来て元気になって帰ろう!
空気はいい。自然も最高。そして温泉もある。宿を一歩出れればそこは歩いてまわれる散策に最適な環境がある。そして適度な街もある。湯布院に何度も行ってみて判ったのは「健康」というテーマがぴったりという町だということです。保養地として最適な町で、本当に身も心も元気になれる町だと思います。でもそういうことはあまり知らせてないのか耳にしないですよね。難しい表現で町おこしをしたみたいなことばかりいつまでも言っていないで、もっともっとそういう健康志向の町づくりを推進すればいいのに。


1日だけは物足りない
湯布院に1泊してみたけどもっともっといたいと思いませんか?でも宿泊料が高くてとても何泊も出来ないですよね。湯布院のお宿はどういうふうに考えているのだろう。湯布院のテーマは観光だけでいいのだろうか。健康とか癒しとか、考えたらもっと湯布院に来る目的はいっぱいあるはず、観光とは違う別の目的で湯布院に訪れてもらいたいとは思わないのだろうか。金鱗湖や民芸村を見ただけでお土産買って帰っていくだけの湯布院だったら、もう飽きられちゃってるんじゃないの。


イベントやっているけど本当に地元の人が熱心にやってるの?
地元の人たちに映画祭や音楽祭のこと聞いてもあまり詳しく教えてくれないんだよね。もう熱意冷めてるんじゃないの。マンネリしてるような気がしますよ。日本のあちこちで映画祭や音楽祭のイベントやってるものね。湯布院より他の所の方が燃えてるんじゃないの。まあ続けるのはいいけど、もっと地元の人がハッスルするようなイベント考えてみてはどうですか?


金鱗湖の近くばかりに駐車場がある
狭い道幅の湯の坪街道で車と車が交差する時、運転手は殺伐とした顔になっているよ。どうしてこんな狭い道に車を乗り入れさせるんだろう。運転も危ないけど歩いている人も危ないよね。無人駐車場まであるのには驚いた。たとえばクアージュゆふいんのところに駐車場があれば、そこからゆっくり湯布院散策しながら金鱗湖まで行けるのに、どうしてそうしないんだろう。1時間駐車は無料ぐらいにしてそちらに車を誘導させてはどうですか?マスコミには町の中に車を乗り入れさせないようにするとか発表しておいて、駐車場は金鱗湖の近くばかりにあるということはどういうことですか?一極集中させないで広い範囲で人を呼べば金鱗湖周辺もずいぶん静かになるだろうな。



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